なぜ「仕事に対しての価値観」について溝が埋まらないのか?

なぜ「仕事に対しての価値観」について溝が埋まらないのか?

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恋愛、家族、金銭、時間の使い方、仕事。人それぞれ価値観は自由だし近いものもあれば、遠く離れて生涯交わらないものもあるでしょう。家族と過ごす時間も長いですが、仕事をする時間も人生では超長期。

この仕事についての価値観はとてもナイーブな問題だと私は思っています。

例えば家族間での価値観の差異ならば埋めようと努力する必要性がありますが、仕事だと私は特に投げ出したくなります。

なぜか?職場の人間と必要以上に時間を使いたくないからです。

では価値観のぶつかり合いをしなくていいか?そう言われるとやらなければいけない場面もあるでしょう。ただお互い譲れない面も出てくる。とても難儀な問題です。

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仕事とは?

きっとこの定義について共有できないと価値観のぶつかり合いは不可能でしょう。人によって定義がまちまちだからです。

仕事とは

  • 人生の全て
  • 社会奉仕する手段
  • 自己啓発
  • 社会と繋がる手段
  • 労働の対価(マネー)
  • 恋愛をする場
  • 協調性を実現する場

ぶっちゃけなんでもいいんでしょうね。自分がそう思ってれば。だから話が咬み合わないことが多いのかもなぁ。

職場の友人との会話

私の会社はソフト開発と組み込み制御の2部門から構成されています。そのソフト開発のマネージャーをしている友人がいます。この友人、半ば強制的に管理職につけられた2児のパパ(私じゃありません)

夫婦共稼ぎで親族は少しだけ近くにいる感じ。私のライフスタイルは何度も記事に書きましたが夫婦二人で働き時間を調整するのはなかなか大変。

結局経験しないと人の痛みなんて分からないよね

思ったこと感じたことを話しても、ブログで綴っても、結局経験を自分でしてないと薄っぺらい意見になるし、説得力にか…

starmetro.info

その友人とても人の出来たタイプで例えるなら「人の為に生きることでモチベーションを保つ」タイプ。

あなたの近くにもいませんか?面倒見がよく感情面も豊かで仕事もとても頑張る。家族愛も問題なく遊びも程よくする程度でやんちゃな遊び方は慎む。

いわば理想の父。そんな理想の父も仕事について誰かから要求されればそれに答えるために仕事を優先する。まさに会社の財産ですね。

けれども私は知っています。その人が仕事と家庭と両立できなくて会社を去ることになっても、基本的に会社は守ってくれない事を。

そんな友人と仕事について論議しました。

議題は「今のこの会社じゃないといけない理由」です。

私はない。基本お金を稼ぐ場である以上、ここじゃないければいけない理由はありません。(誤解のないように言うと付き合いが上手く行っていないとかじゃないですよ?)

基本的なスタンスがお金に重しがあるからだと感じます。(これも悲しい面かもしれません)

それに対して友人は

今の同僚との関わりがあることがこの会社にいたい理由

だと胸を張って言いました。情熱を持って仕事できるって素晴らしいと思います。一方、同じ価値観を共有することは永遠に無理かな・・・。とも感じましたね。

この価値観はどうして生まれたのか?

友人の価値観、私の価値観。どちらが正しくてどちらが間違っているか?どちらも正しいですね。

友人の価値観は日本社会では一般的に多いように感じますが、私の価値観はどうでしょうか?

ここ最近だと「お金はいらないから時間を有意義に使いたい!」といった意見が主流の若年層〜中年層に近いように思います。つまり個人の時間重視なんだと認識し始めています。

比較するのは少し違いますが、投資にしても命の限りにしてもすべて「時間」を自分がどのように使うかということをよく考えます。逆に時間を意識しないのはまずい。

じゃぁ仕事優先は時間を意識してないのか?と問われると意識してないとは言えません。

ますます混乱してきますね。

ただ明確に言えるのが、友人は家族を犠牲にしてる事を認識していました。それを埋め合わせするかのように別の部分で家族に時間を使っているのだと。

専業主婦の罪

例外を除き、サッカーをする時にキーパーはフィールドに出てドリブルなどしません。敵からゴールを守るのが役割だから…

starmetro.info

私からしてみれば、両方家族に使えばいいのに。そう思わざるを得ません。だから捻くれた物の見方をすれば「友人は自分への言い訳の為に別の時間を埋め合わせに使ってる」のではないか?

ずるい勘ぐりをする私は根性が曲がっていますね(汗)

その友人とはよく飲み歩いたし、色々な話もしました。とても良い関係なのです。

ところが一歩踏み出した価値観になるとお互い相容れない部分が見えてきて、議論になったりします。

大したことではないという言葉

はっきり言って、大したことではないのかもしれませんし、人によっては重大な事なのかもしれません。

ですが、価値観の差は時に大問題にもなるので別の場面の備えという意味では議論をすることはとても良いことのように思います。

もし似たような議論を聞いた場合「大したことじゃないじゃないか!」という言葉はぐっと飲み込んで欲しい(笑)

結論

巡り巡って私の気持ちは、仕事は「お金」の為で残りはすべて手段。

そこに人間関係が混じってくると「お金」だけじゃない!と言いたくてとても心苦しいのですが、譲れません。

私は社会人になって何度も転職をしています。この先も終身雇用的な人生はきっとないでしょう。

仕事で知り合った人で今後も付き合って行く人は行くし、離れていく人は離れる。仕事で苦楽をともにすれば共感する部分が人間関係の構築に作用するのは分かります。

今まで情報を得すぎて余計な知恵だけ手に入れたんでしょうね。私は。

でも死ぬ前には仕事でなく「家族を第一優先して良かった」と言えそうです。このまま続けば(笑)

すいません。相変わらず捻くれてしまいました。

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