嫁から学んだ大切なお年玉の気持ち

嫁から学んだ大切なお年玉の気持ち

シェアする

お年玉。新年開けたら親類、親から貰うお金。その由来など特に考えたこともなく物を買うだけで終わっていました。高校を卒業した頃からは地元を出たこともあり、お年玉のことなどすっかり記憶の彼方へ。

そして時は流れ38歳になり娘、息子がいて姪っ子、甥っ子が増えてきて、いつの間にかお年玉を貰う側から挙げる側へ移っていました。

スポンサーリンク

先日嫁とした会話

先日嫁さんとこんな会話をしました。

私「明後日から地元かえるけどお年玉どれくらいにしようかねぇ?」
嫁「相手の親に聞いて要求額にしたほうがいいよ」
私「なんで?」
嫁「相手の家庭事情に合わせたほうが無難だしさ」
私「りょうかい〜」
嫁「それから、ばあちゃん、母親、親戚のおじちゃんおばちゃんにも挙げてね!」
私「@@;」
嫁「(怒)
私「そこまでするの・・・?」
嫁「当たり前でしょ?必ず親戚の人たちに子供がいる訳じゃないんだから、あんたが代わりに挙げなさいよ!」
私「へ・・・へい(お代官様・・・)」
嫁「自分が育った環境に関わった近い人には感謝も含め、挙げるべきよ?ボーナスもらったりしたら余計にね!!」

嫁の価値観に心が動く

人の価値観はそれぞれですが、私の家族について真剣に言ってくれる嫁の心に感動。そして自分の未熟さに幻滅。まだまだ「痛みを共感する事」「感謝の気持ちを思う事」など足りないなぁ。

家族についてブログでは記事にしていますが第三者からの指摘ってやっぱり心に刺さります。

結局今年は「祖母、母、叔父☓2、叔母」で1万円ずつ5万円お年玉を挙げることに決定。もちろん甥っ子、姪っ子も沢山いるので出費がかさむ・・・(汗)

節約、節約。そうやって日々過ごしているとついつい本質を見失いがちですね。嫁は物欲がなく節約になっている状態で、節約しようと思って過ごしていないので肝心なところでは一歩先を進まれているよう。

お年玉の由来

語源由来時点によると元々、お金でなく物を送っていたみたいで室町時代から段々と変化。確かにお金だとリアリティがありすぎて日本風でないようにも思えます。

すでに定着しているので現金以外はありえませんが、もし物を送る風習のままだったら年明けに「いくらもらった?」という子供のすり合わせがなくなってギスギスしないようにも思えますが。

もしクリスマスに現金渡していたら夢なくなりそうですしね。

最後に

お年玉を子供に挙げている風景は日本でよく見ますが、親や祖母、親戚へ大きくなった子供から当たり前に育ててくれたお礼としてお金を挙げる。これがもし定着したら正月はもっと和やかになるでしょうか。

正月の集まりが仲の良い家族ばかりじゃないケースだと微妙かもしれませんね。

私の親族なのに私の事を思って進言してくれた、嫁の心意気に感謝して今後も続けたいと思います。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

『嫁から学んだ大切なお年玉の気持ち』へのコメント

  1. 名前:メロン 投稿日:2014/12/29(月) 13:31:05 ID:9cac14e7e 返信

    親へお年玉をあげるのはとてもいいと思いますが、親戚のおじさん、おばさんは、慎重にしたほうがいいと思いますよ。

    今後もあげることになるかもしれず、受け取る側も困る場合もあるかも。
    親戚へは手土産のほうがいいんじゃないですか?

    ※すみません、メアドを知らせるのに抵抗があり、デタラメのものになります。

  2. 名前:セイト 投稿日:2014/12/29(月) 20:46:18 ID:4655ad4c9 返信

    メロンさん
    コメントありがとうございます!
    確かに人によっては抵抗持つ方もいるかもしれませんね。手土産も検討してみます〜。